イラクの「怒りの日」の抗議行動が米軍占領体制を揺るがす!
[日本語訳:イラク市民レジスタンス連帯委員会]
アレックス・ランティアー、 ワールド・ソーシャリスト・ウェッブサイト
2011年2月26日
昨日、米国による占領体制と米占領軍自身によって押しつけられた経済的抑圧と腐敗した政府当局者に反対してイラク全土の都市で数万人が抗議行動を行った。
失業や悪化する停電や、食糧の不足や食料価格の値上がりに抗議して、抗議行動参加者は数人の中央政府と地方政府高官を糾弾して辞任を要求した。イラクは世界第2の石油埋蔵量を持っているにもかかわらず、社会の状況は全くひどいものである。公式の失業率が15パーセント以上で(実際にはそれよりずっと高い)、イラクの大部分では電気は1日2、3時間しか来ないし、イラクはいまだに4万7000人の米軍によって占領されており、イラクの油田は今や大部分が欧米のエネルギー企業の手中に収められているのである。
イラク治安部隊が抗議行動の起こった少なくとも17の都市の中の数都市で抗議行動参加者に銃撃を加えた。15人のデモ参加者が殺害されたことが確認され、少なくとも130人が負傷した。イラク政府当局者が警告をしていたにもかかわらず、反米勢力がデモ参加者に対して自殺爆弾や攻撃をしかけることはなかった。
抗議行動参加者は、夜間外出禁止令と、イラク国民は抗議行動に参加するなと言った前日のヌーリ・アル・マリキ首相の露骨な警告を拒否した。彼らは又、ムクタダ・アル・サドルやアリ・シスターニ大アヤトラなどのシーア派聖職者の反対も拒否した。そのスポークスマンはアル・スマリア・テレビに「侵入者」が抗議行動を利用するおそれがあると語ったのである。
アル・サドルは抗議行動に参加すると国家部隊が弾圧をする口実にたやすくするだろうと言って臆病な声明を発表した。すなわち、「彼らはみなさんの獲得したあらゆる物、全ての民主的な獲得物、自由選挙、権力の平和的な交替、そして自由を弾圧しようとしている。だから私はみなさんに心の底から訴える、明日のデモに参加しないことで敵の計画をくじこうと。なぜならデモは疑わしいものであり、イラクを破壊した者たちの声を上げさせるだろうからである。」
ヌール・アル・マリキ首相はその日の終わりにバグダッドとバスラとナシリヤの州知事の辞任を命じた。
首都バグダッドでは、当局が大量の兵士を配置して封鎖をしてしまい、人々が抗議行動の場にたどり着くのを妨害しようとして全ての自動車の通行を禁止した。アル・マリキはモスルやサマラでも同様の車両乗り入れ禁止を行った。バグダッド国際空港も閉鎖された。
それにもかかわらず推定5000人のデモ参加者がバグダッドのタハリール広場に集まり、政府はの治安部隊によって厳重に監視された。抗議行動参加者は米軍占領当局や米国大使館やイラク議会に場所を提供している厳重に警備された地区であるグリーンゾーンにデモ行進を行った。
抗議行動参加者たちはアル・マリキをウソつきだと糾弾した。クリスチャン・サイエンス誌の取材者にある男性が語った。「私は労働者です。私は1日働いたら1ヶ月は家にいるのです。(マリキは)サダム・フセインの政権の時よりもみんなうまくいくと言いました。どこでそんなことが起こっているというのでしょうか?」
抗議行動参加者はグリーン・ゾーンへの主要な通行点であるジュンフリヤ橋のコンクリートの2つの爆弾防止壁を突破した。警察が抗議行動参加者に突入し、一方でイラク軍のヘリコプターが群衆に対して威嚇の低空飛行をし、行き先を迷わせるために、大きなもうもうたるほこりをかき上げた。
バグダッドの抗議行動では、サドル派のスポークスマンと国会議員のサバフ・アル・サーディが叫び声とヤジにぶつかった。ある一人が言った。「お前たちは自分の給料を削減しろ-我々は全く賃金がないのだ!国民が無一文なのに、なぜお前たちはそんなに大金をもらっているんだ?」
南部の港とバスラの石油の中心部では、4000人から1万人を数えると伝えられた抗議行動参加者がコンクリートの爆風防止障壁をひっくり返し、シェルタグ・アボウド・アル・マヤヒ州知事の事務所前でデモを行った。彼らは州知事の辞任とバスラの当局者に汚職の裁判を受けさせると要求した。
バスラの抗議行動参加者は食糧配給カードと仕事も要求した。一人の参加者がバスラで殺されたと報じられた。
イラクの中心部の数都市が大規模な抗議行動に直面した。米軍の攻撃によって繰り返し徹底的に破壊されたファルージャでは、1000人の抗議行動参加者がデモを行い、地方政府の建物の外で警察とぶつかった。9人が負傷した。
ティクリートでは政府ビルを占拠しようとした抗議行動参加者に警察が銃撃し、2人を殺害し、9人を負傷させた。
イラク南部のニネベ州の州都であるモスルでは、数百人の抗議行動参加者が、仕事と、より良い公共サービスと、汚職の廃絶と、アゼル・アル・ヌジャフィ州知事及び州評議会の辞任を要求した。政府ビルの近くに身元不明の人物が手榴弾を投げた後、警備部隊が抗議行動参加者に発砲した。5人が殺害され、他に15人が負傷した。
この日のはじめに、抗議行動参加者はアル・ヌジャフィと彼の兄弟である州議会議長のオサマの護衛隊に投石した。
北部イラクのキルクーク近くの都市ハウジャではデモ隊が市庁舎ビルを占拠しようとしたと伝えられている。治安部隊が群衆に発砲し、ハウィジャ警察署長のファッター・ヤシーンによると、3人を殺害し、15人を負傷させた。
http://www.uslaboragainstwar.org/article.php?id=23748
[日本語訳:イラク市民レジスタンス連帯委員会]
IVAWは映画監督のサラ・ネッソンとIVAW執行委員のロビン・マレーに第33回アカデミー賞候補の指名を受けたことを心から祝福する。「ポスター・ガール」は短編ドキュメンタリー部門の8つの最高の作品の一つである。
「ポスター・ガール」は「感動的な生のドキュメンタリーであり、自己発見と贖罪[しょくざい]の旅に出発するロビンの2年間を追っていき、美術と詩を使って彼女の人生を再定義する。」
我々はアカデミー賞のウェッブサイトを訪問してあなたのフェースブックのログインを使って、あなたの「好み」の映画だと選考委員会に教えることで彼らへの支援を示すようにみなさんに勧める。
また、2月1日午後3時にIFCセンターでのニューヨーク市の封切り上映に行くこともできる。上映の後にはサラとロビンのトークバック[上演のあと聴衆の感想を聞き,監督や出演者が新しいヒントを得ようとする試み]が行われる。
映画のあらすじ:
「ポスターガール」はロブン・マレーの物語であり、彼女は全米の高校代表のチアリーダーであったのが、アーミー・マガジン[米軍協会が出版]の全景写真で有名になった戦場の女性の「ポスター・ガール」になった。今はイラクから帰国して、彼女の頑健な姿は崩れ始めて、外傷性ストレス障害(PTSD)の身体を衰弱させる影響と格闘することとなった。
初の監督となったサラ・ネッソンの撮影と監督によって、「ポスター・ガール」は感動的な生のドキュメンタリーであり、自己発見と贖罪[しょくざい]の旅に出発するロビンの2年間を追っていき、美術と詩を使って彼女の人生を再定義する。
IVAWがオバマの一般教書演説を批判
[日本語訳:イラク市民レジスタンス連帯委員会]
オバマ大統領の昨夜の一般教書演説は軍服の男女の貢献を賞賛し、帰還兵士に必要な待遇を約束した。しかし演説は、大統領が帰還兵士に直面している厳しい現実を把握しておらず、彼らの必要なものに対処する計画を作成していないことを示した。戦争に反対するイラク帰還兵の会(IVAW)は大統領が無視した帰還兵の必要なものに対応するという戦争の人的、財政的損失を削減する勇敢な決意を持ったイラクとアフガニスタンの帰還兵の声を代弁する。
オバマ大統領はアフガニスタンとイラクの戦争が米軍と経済に対してむき出しにしている大変な犠牲を全く過小に語った。アフガニスタン戦争は今や米国史上最長の戦争である。米軍の医療経費は全米平均の2倍の割合で急増し、ペンタゴン[米国防総省]の予算の主要な額を占めている(USAトゥデー紙 2010年4月25日)。2009年は、記録が付け始められて以来、精神性医療疾患が入院の主要な要因となった最初の年となったのであり(USAトゥデー紙2010年5月16日)、それはすなわち複合トラウマの不気味な象徴である。オバマは演説の中で帰還兵士が「頭を高く上げて」帰国していると述べたが、それは記録的な自殺率の中には反映されない作り話である。
「オバマ大統領、あなたは、我々の兄弟姉妹が受けるべき治療を受けていないために苦しみ自殺するのを見ている時に、我々が頭を高く上げていると本当に思っているのですか?兵士たちは長い拍手の中断以上に、人間らしい治療を受ける必要があるのです。」とイラクに2回派兵された帰還兵士であるIVAWのマギー・マーチンは言った。
IVAWの帰還兵士たちは10月に開始された、トラウマにかかっている兵士を戦場に再配備しようという米軍が広範囲にやっている行為を終わらせるために健康回復作戦の運動の先頭に立っている。
「兵士は以前の実戦配備中に受けた傷の治療を受けることもなく実戦に再配備せざるを得ない。軍隊内の性に関する被害のトラウマ、外傷性ストレス障害、外傷性脳負傷が結果として無制限に増大していて、それは人的にも財政的にもその損害は受け入れられないものである。
米国陸軍で14年間軍務につき、現在は戦争に反対するイラク帰還兵の事務局長であるホセ・バスケスが語った。
失業は多種多様な再配備と不十分な治療によるもう一つの高い損失である。労働統計局の1月発表の報告では最近の帰還兵はほぼ12パーセント―すなわち全米平均より2.3%高い失業率であることを示している。戦闘中に受けた精神的肉体的負傷は帰還兵士が就職先を見つけ自らの仕事を開始するのをより困難にしている。
「大統領はアフガニスタンからの撤退が7月に始まると言ったが、撤退はいつ終了するのだろうか?全ての兵士を即時帰国させ、彼らの得た治療に資金を投入しよう」とイラク戦争帰還兵士でIVAWメンバーのザック・チャオテが言った。
イラク自由会議 2011年2月1日
[日本語訳:イラク市民レジスタンス連帯委員会]
現在1週間以上にわたって、エジプトの政権はエジプト国民の大衆的蜂起に打撃を受けてぐらついている。それは腐りきった汚職とエジプト国民の富の横領にどっぷりとつかった政権であり、中東地域の長年にわたる反動の牙城の一つと見なされている政権であり、アメリカ合衆国とイスラエルと欧米諸国によって無条件に支えられ、抑圧と逮捕と死刑と暗殺と戒厳令によって国際通貨基金と世界銀行の支配を押しつけてきた政権である。
それはエジプト国民の貧困化の原因となった政権であり、エジプトでは200万人の子どもがホームレスであり、人口の3分の1が貧困線以下であり、数百万人がゴミ捨て場で暮らしているのはもちろん、25万人以上の人たちが墓場で暮らしているのである。
それは新世界秩序に始まり全中東構想やイラク占領に至る米国の反動的な政策を擁護し輸出する港にエジプトを変えてしまった政権である。
米国政府は貧困と困窮をもたらした独裁政権がドミノのように倒れていくのを注視しながら、この変化がもたらすだろう事態を恐れている。米国政府とイスラエルと欧米諸国は中東地域における自らの権益と影響力を維持するためにエジプトの政権から救い出せるだけ救い出そうとしている。そのために、彼らはこの蜂起の姿をゆがめようとして、偉大なエジプト国民の蜂起をイスラエルと中東の安全の脅威になるだろうイスラム主義者の蜂起だと描きだそうとしているが、実際にはこれは貧困化し飢えた民衆の反乱であり、自由と平等を求める蜂起なのである。米国政府はそのような試みをすることでエジプト国民によってこれを最後に追い出されるであろうエジプトの政権を守り続けるのを正当化することを狙っているのである。
エジプトで起こっている事態とヨルダンやイエメンやスーダンやアルジェリアなどの中東全体で連鎖的に起こっている抗議行動は、ありとあらゆる貧困と不公正と自由の抑圧に反対してチュニジアで火花を散らした火の継続であり、それは中東と世界を変える新しい段階を記しているのである。
イラク自由会議は、エジプト国民の蜂起もチュニジアの蜂起もイラクに殺し屋どもを連れてきた占領に反対する自らの闘いにとっての前進であると見ている。IFCはまた、エジプト国民とチュニジア国民の勝利はイラクと中東の全ての革命的な自由愛好勢力にとっての勝利であると見ている。IFCはエジプトの革命運動に対する支持と支援を表明するものである。
エジプトで自由のために亡くなった人々にあらゆる栄光あれ。
自由の象徴のタハリール[解放]広場万歳
エジプトの自由を愛する人々万歳
http://www.ifcongress.com/English/News/2011/0111/ifc-egypt.htm
自由とパンと幸福を最終的に実現するという目的を達成するまでチュニジア民衆の決起を支持する
IFC(イラク自由会議) 2011年1月17日
[日本語訳:イラク市民レジスタンス連帯委員会]
1ヶ月以上前から、チュニジアの労働者、法律家、意思、知識人、あらゆる被抑圧階層、諸団体、労働組合、専門家、政治勢力、自由主義者が諸都市の街頭を選挙し、雇用機会を提供し、自由とより良き生活を開始することを求め、そうした要求を発展させて23年間にわたってチュニジア民衆の頭上に行使したあらゆる形態の政治的、経済的、社会的抑圧を生み出したジン・エル・アビディン・ベン・アリを打倒した。
あらゆる形態の抑圧と弾圧を基礎にしていたベン・アリの体制は欧米諸国、特に米国とフランスの支援がなければ権力にとどまることはできなかったのであるが、米国とフランスは自らの権益に対する脅威をおさえ阻止するためにインティファーダに決起した大衆への支持を競い、チュニジアの社会政治体制の根本に対する自由主義者と穏健派の目的を歪曲しようと活動している。
民衆蜂起が最初に火花を飛ばして以来世界のメディアが相変わらず黙殺しようとしたことはこの闘いを妨害をしようとする無駄な努力であった。
世界の自由主義諸国からどんな形態の支援も受けることが無い一方で、ベン・アリ政権による野蛮な弾圧に道を開いてきたベン・アリ政権に劣らず腐敗した野蛮な体制によって支配されている国々は、革命的な蜂起の精神が入ってくることを恐れて、大衆と対話をすることを期待しているのであるが、アラブ世界と中東地域ではそのような期待は破綻した。
ジャスミン革命と呼んだチュニジアの大衆蜂起の洪水が可能となった第一歩として、体制の頭目(ベン・アリ)を追い出し、彼はサウジ・アラビアに逃亡した。しかし、チュニジアの自由獲得のための大衆の闘いの動きを維持して支配政党であるベン・アリの政党に支配を許さないという最終的な目標を達成する活動が政府に支配政党が入ることに反対するチュニジアの諸都市の大衆の今日のデモで表明されたのであり、この最終目標を達成するために全世界の大衆と進歩勢力の支持が必要である。
イラク自由会議はチュニジアの民衆蜂起であるジャスミン革命、インティファーダ、自由のパンを支持し、自由で平等で豊かな世界を獲得するために前進するように呼びかける。
同時に、イラクの自由勢力の全ての大衆と革命勢力に公正な政治制度を確立するというチュニジア民衆の要求をジャスミン革命が達成するまでこの決起を支持することを訴える。すなわち、社会的な自由と平等と幸福を達成しより良い世界を獲得することである。
IVAW(反戦イラク帰還兵士の会)のギャレット・レパンヘーガンさんのこれまでの発言
[日本語訳:イラク市民レジスタンス連帯委員会]
※日本政府にイラク戦争検証委員会設置を求める集いに来日するIVAW(反戦イラク帰還兵士の会)のギャレット・レパンヘーガンさんのこれまでの発言です。
※ギャレットさんはイラクに派兵されている時にIVAWに加入した初めての米軍兵士であり、IVAWの現議長です。
※集会に参加して、ぜひギャレットさん、そしてIFC(イラク自由会議)のサミール議長・アハメド青年学生局長と交流しましょう。
イラク戦争検証委員会設置を求める集い
12月11日(土)18時半 大阪市立北区民センター
12月12日(日)14時 渋谷区文化総合センター大和田 さくらホール
冬の兵士・ライブブログ
交戦規則ⅠⅠ:ギャレット・レパンヘーガン
IVAW(戦争に反対するイラク帰還兵士の会)HPから
http://www.ivaw.org/import/winter-soldier-liveblogging-rules-engagement-ii-garett-reppenhagen
ギャレットはバクバで偵察兵や狙撃兵として軍務についた。イラクに配備される前に彼の部隊はジュネーブ協定[1864年スイスの Geneva で締結された国際協定;戦時の捕虜,傷病兵,戦死者の人 道的な扱いに関する規則]と戦時法について多くの時間を費やした。だから、彼は到着してみたらジュネーブ協定の中に述べている多数の規則が無視されていることを知って驚いた。
基地の外に初めて移動した時、彼は兵士たちが外出禁止時間を過ぎて外にいる人々を銃撃するのを目撃した。人々は何の武器も持っていないのに、キャリバー50[ブローニングM2重機関銃]やMK19グレネードランチャー[自動擲弾(てきだん)銃]によって無差別に殺りくされたのであり、それらは両方ともジュネーブ協定で対人使用が禁じられているものである。ギャレットはイラクに駐留した期間に新たな交戦規則の指示を全く受とっていなかった。彼にとって、交戦規則は遠い記憶となり、存在したのはたえず限界にまで押しやられる境界線だけであった。
ギャレットはある日、試された経験のない兵士の分隊と、料理人と、事務官と、トラブルメーカーと、見捨てられた人たちと共に個人警護の任務でゲートの外に車で出ていた。ロータリー[円形交差点]で大混乱が起こり、誰もが交戦規則や目的などほとんど考えずに何かに対して銃撃をしていた。ほこりが収まった時、彼らは州副知事の警護チームを殺してしまったことに気がついた。これは孤立した事件ではなく、なぜこんな事が起こったのかその理由が分かる。ギャレットが一緒に任務についた人々は立派な人たちであった。彼らは怪物ではなかったし残酷な人たちでもなかった。戦争自体が怪物であり残酷なのだ。
「私は祖国を信じていたのに」
イラク帰還兵士 ギャレット・レパンヘーガン 2006年3月1日
http://www.truth-out.org/article/iraq-war-veteran-garett-reppenhagen-i-trusted-my-country
イラク戦争帰還兵士のギャレット・レッパンヘーガンの証言文書:軍隊生活の質と退役兵士の問題に関する連邦議会下院歳出委員会に提出
軍隊生活の質と退役兵士の問題に関する問題の証言をするこのような機会を与えていただき感謝します。私は2001年8月に陸軍に入隊し、ケンタッキー州フォート・ノックス[Kentucky 州中北部,Louisville の南南西 にある軍用地]で騎兵隊偵察部隊員になりました。私が誇りに思い、尽くすだけの勇気を持つのだと軍隊に洗脳されたのは、米国政府が責任のある、無くてはならないやり方で私を役立ててくれると信じていたからです。
私はイラク戦争が始まった時、コソボ駐留から休暇を取っている時でした。私は不安を抱きながら見守り、ダラス/フォート・ワース空港で乗り継ぎの航空便を待っていると、サダムと彼の息子に対する降伏要求の最後通告の期限が切れました。ブラッドレー戦車が国境を越えてイラクに入り、テレビではバグダッドが爆発していました。私の周りでは集まった人々がスーパーボールで勝ったばかりのダラス・カウボーイズみたいに歓呼していました。私は戦争の真実や政府の政策は外見ほどには正直ではないようだと感じ始めていました。
2004年2月、私が戦争に行く順番が来ました。私は6人チームの狙撃兵として、第1歩兵師団2-63機甲大隊と共にイラクのバクバに駐屯しました。そこに1年間いる間に、私は米国政府がイラク国民の心をつかむ能力を兵士に提供しようという努力をしていないことがわかりました。アブグレーブやファルージャの戦いのような様々な事件が明らかになるにつれて、イラク国民の憤激は反乱者に対する支持をふくれあがらせました。私たちの任務の遂行は不可能になりました。
私たちは自らの任務をイラクで1年間生き残ることに変えました。待ち伏せ攻撃への対抗戦や迫撃砲への対抗戦や、道路の除去作業や家宅捜査といった任務です。もはや私たちは再建作戦を試みることはできませんでした。私たちが民主主義を手渡そうとしていると思われていた人々の疎外感が増大し、簡易爆発物と携行式ロケット弾の待ち伏せ攻撃と、迫撃砲による攻撃が増加しました。
私はイラクを去って、心ならずも10ヶ月の兵役延長の末にやっと名誉除隊となり、帰国して帰還兵士を擁護する活動を開始しました。帰還兵士である友人のネットワークが大きくなり、主要な帰還兵士の全ての団体の問題に取り組んでいます。私はしばしばウォルターリード[陸軍病院]を訪れて、PTSDや他の形態の精神的な病気と闘っている10人以上の帰還兵と話します。まともな治療と尊敬を受けないで扱われているこれら男女を見るといつも欲求不満になります。そしてこの問題は増大するばかりです。
この兵士たちは帰還して全く信じられないような肉体的精神的障害を克服しているのです。しかし彼らがみな結局問い始める疑問は「なぜだ?」なのです。戦争は悪いことだっただけではなく、ウソに基づいていたのだという世論が高まるにつれて、戦闘に送り込まれた兵士は、彼の犠牲が無意味なものであったという事実と闘っているのです。意味がなかったということは結局は人格の破壊を生み出し根本的に兵士の精神的健康を悪化させています。なぜなら、戦争は全く「間違い」なのであり、イラクでのトラウマになる経験の罪悪感を作り出すだけでなく、兵士が自分がこんな人間になってしまったということを恥じるようになるのです。
兵士たちは帰国して紙テープの舞うパレードで「ありがとう」と言われるのです。そのとき多くの場合兵士は自分は犯罪者だと思っています。たいていの人はめちゃめちゃにしてしまう真実から自分の人格を守るために、崇高な目的があったのだという考えに固執します。しかし結局は時間がたつと、そんな自己防衛のあぶくなどはじけてしまうのです。それがたとえまだ先のことであるとしても、ストレスがたまるともっと危険です。そのことに気がついていようが無かろうが、この兵士たちは社会からは決して処罰されず、彼らの指導者は責任をとらされないのですから、帰還兵は自己破壊的な性癖が身についてしまい、時には自殺してしまうこともあります。私たちは自分の責任だと思い、時には苦しんでいくことができなくなるのです。
私たちはイラクで戦闘を長く続ければ続けるほど、兵士の痛みは悪化するでしょう。私たちは決して参加させるべきではなかった戦争から米軍を撤退させることが必要です。正直な作戦で米軍を使わなければ、兵士に対する心理的な打撃は避けられません。戦争でのトラウマは新たな戦傷なのであり、暴力的な環境にいることに対する自然な反応なのです。意味がないということに加えて、それはより厳しくなり得るのです。こんな事を終わらせる唯一の道は、イラクから兵士を即時撤退してすぐに帰国させることです。
以下はイラク戦争帰還兵のSPCダグラス・バーバーが2006年1月に自ら命を絶つ前に書いた最後の手紙の一節です。生きてたぶん良い状態で帰国したはずの私たちにとってさえ、何もかもがOKでもないし良いことでもありません。正常であるとか再整理していると見えるものは時間と苦痛によって暴かれた幻想に過ぎません。手足や他の肉体の一部を失って帰国した兵士たちもいます。他の兵士たちも軍務に就いた者以外は誰も理解できない恐ろしい事件から受けた一生消えない恐怖と共に生きることでしょう。
戦争から帰国した私たちは共に生活を元に戻そうとしていますが、記憶に耐えることができずに死ぬ方がましだと決め込むものもいます。彼らが自殺するのは子どもたちが殺され家族全員が皆殺しにされたところを見た記憶にとても苦しんでいるからです。彼らは自分が誰か他の人の命に値札をどうつけたのかと自問します。他の戦争の犠牲となった時にその質問は答えられずに終わります。英雄はアメリカの新たな統計値となり、彼らは新聞の裏面に追いやられる新たな小さな記事になります。 他の兵士たちも帰国しても何も残りません。
メモリアルデー[戦没将兵追悼記念日]はイラクでの失敗した任務を思い出すつらい日です。 今日の軍隊のどの兵士とも同じように、私は米国に奉仕する道を選択しました。私は実戦をおそらく見るだろうとはわかっていましたので、米国に対する私の義務の一つとしてその可能性を受け入れました。 私はコソボでの平和維持活動の任務を誇りに思い、イラクの多数の勇気ある男女のそばで任務に就くことを名誉に思っていました。 イラクにいた時、私は戦争の結果を現場で見ました。それは破壊されたビルであり、恐ろしく切り縮められた命であり、人々の目に残ったトラウマに苦しむ姿です。
B 私は恐怖と悲しみと今も言い表す言葉が見つからない絶望的な悲劇を見たのです。私がイラクで見たものは私の全人生にまとわりつくでしょう。 私の経験がこの戦争に対する私の考えを変えました。私は派兵される前は、他の多くのアメリカ国民と同様に、アメリカの安全を守るためには軍事介入が唯一の手段だと思っていました。しかしイラクでしばらく過ごした後、わたしはイラクに自分たちがいる理由に疑問を持つようになりました。私はこの戦争がアメリカをより安全な場所にしていないことに気づくにようになったのです。とにかくこの戦争は私たちを以前より安全でなくしたのです。紛争が内戦へと移行して行くにつれて、イラクの男性、女性、子どもたちの安全は深く危険にさらされています。ブッシュ政権は米軍がイラクに2008年中は駐留すると予想していますが、それは戦争を準備していた時に非常に声高に宣伝されていた当初の見積もりよりはるかに長いものです。 その一方で、イラクでは軍事的解決は全く解決にならないということが多くのアメリカ国民にますます明らかになっています。
アフガニスタンで占領とカルザイ政権、イスラム政治勢力に反対する活動家マラライ・ジョヤの記事
[日本語訳:イラク市民レジスタンス連帯委員会]
大胆な女性は軍閥や原理主義者に沈黙させられない
アンドレー・ホーリン
シドニー・モーニング・ヘラルド紙 2010年11月18日
マラライ・ジョヤを沈黙させようとした人々は数多い。彼女が最年少の選出議員としてアフガニスタン国会で発言した時、マイクの電源が切られた。それで彼女をやめさせられないとなると、同僚の国会議員たちが彼女を追い出してしまった。
彼女は4回の暗殺未遂から生き延びているが、今でも声を上げ、軍閥とハミド・カルザイ政権の「犯罪たち」とタリバンのテロリストと占領軍を糾弾している。
誰かが再び黙らせようとするならば知っていることは全て話さなければならないかのように、32歳のジョヤから言葉が大急ぎであふれ出てくる。
シドニーの民主主義の活動家や女性の権利要求の運動家は、断固たるメッセージを発することになる。:「民主主義は戦争によっても、占領によっても、クラスター爆弾によっても、白リン弾によっても、絶対にやってこない」と彼女の言うのである。
彼女は戦う敵が一つ減るので外国軍がアフガニスタンから出て行くことを求めている。「私たちは2つの敵に挟み撃ちになっているのです。一方にはタリバンと軍閥がいて、もう一方には外国軍がいるのです。」と彼女は言う。
「米国とNATOによる9年間の占領の間に8000人以上の罪もない市民が殺され、それがオバマによるアフガン派兵拡大の下で急激に増加しています。アヘンの生産が再びさかんになり、女子や女性に予告されていた前進は偽物です。」と彼女は言っている。
「大部分の州の状況はタリバン支配下と同じように破滅的です。」「占領を正当化するために大都市で2、3の学校が建設されましたが、地方の状況は女性にとってはジャングルの掟なのです。」と彼女は言う
彼女の持ってきたアルバムの中は、大部分が傷ついた市民の衝撃的な写真であるが、現代的な服装をした1960年代のさっそうと外出しているアフガニスタンの女性の写真も入っている。「今日では女性は禁じられたことをやったと疑われて公衆の面前でムチを打たれ、石を投げつけられ、撃ち殺されているのです、そしてレイプ事件が激増しています。」と彼女は言った。
「これは民主主義の戯画です。」と彼女は言った。
彼女は確固としてカルザイ政権を批判し、最近カルザイ政権が穏健派のタリバーンに提案を行ったことを「一つのテログループがもう一つのテログループに政府に入るようにと招待しています。彼らは両方とも女性を嫌悪する連中なのです。」見ている。
ジョヤはロシアのアフガニスタン侵攻の4日後に生まれた。彼女の家族は1982年にパキスタンに逃れ、彼女はそこで難民キャンプの学校に通った。彼女はソビエトが撤退した時に帰国して、タリバン支配下で秘密の地下室の学校で少女たちを教えた。
彼女は2005年のアフガニスタン国民議会に当選したが2年後に追放された。彼女が最近の選挙に立候補しないと決めたのは、一つには命が危険にさらされる支援者を守るためでもあったが、「投票箱を通して積極的な変化をおこすという私が抱いていたいかなる希望もなくなってしまった」からでもある。
彼女はディーキン大学に「危機に立つ世界/いつもの仕事」の基調提案者として招待され、昨夜はシドニー協会で演説を行った。
「私はアフガニスタンのことを楽観しています。」と彼女は言った。
「私は悲観的なら、欧米に行って自分の人生を楽しみます。しかし、希望が生きている間は、どんなことでも可能なのです。」
http://www.smh.com.au/national/a-defiant-woman-wont-be-silenced-by-the-warlords-or-fundamentalists-20101117-17xqb.html
教会(聖母マリア救済教会)における大量虐殺は宗派主義ギャングどもの恥である
[日本語訳:イラク市民レジスタンス連帯委員会]
イラク自由会議バグダッド支部 2010年11月2日
バグダッドのカラダ地区の教会(聖母マリア救済教会)での大量虐殺事件は過去8年間にわたってイラク民衆の血を奪った占領者とその手先たちの一連の犯罪に付け加えられた新たな出来事である。
この攻撃は2003年の対イラク侵攻以来おこなわれてきた犯罪行為に付け加えられたものであり、その犯罪は数百万人のイラク国民を国外に追いやり、飢餓と極貧を引き起こした上に宗派間暴力や宗教と民族の紛争を燃え上がらせたのである。
同じ文脈の中で、ムスリムと共にバグダッドやニネヴェで祈りの場にいるキリスト教徒を標的にすることは、こうしたギャングどもには人間というものが何の意味もない存在なのだと言うことを明らかにしたのである。
こうした犯罪行為はマリキ政権がこのような事件で愛する人たちを失ったイラク国民の悲鳴を傍観している間に行われたのである。ウィキリークスの数十万の文書によると、このイラク政府はその身の毛もよだつ政策を押しつけるために市民を標的にした部隊を作り上げ命令を下した政府なのである。
イラクにおける治安状況が最近厳しくなって、バグダッドのカラダ地区の聖マリア救済教会の大量虐殺は何十人もの命を奪いさらに多くの負傷者を出すことによって大混乱を助長するものであった。グリーンゾーンの政府がいまだに権力と富を互いに争いあっている一方で、この状況は、劇的なまでにエスカレートしたのである。
イラク自由会議がこの恐るべき犯罪行為を糾弾するにあたり、この忌まわしい犯罪の犠牲者の血を流した責任はマリキ政府にあると断言する。さらにIFCは、占領軍とその計画からイラク民衆を救い出すためにイラク自由会議の旗の下に結集することを国民に呼びかける。
人類のために犠牲となった人々に栄光と永遠あれ
「イラク戦争の記録」についてのIVAWの声明―説明責任を求める
[日本語訳:イラク市民レジスタンス連帯委員会]
最近のウィキリークスによる「イラク戦争の記録」の公開は米国史上最大の機密漏洩[ろうえい]であり、戦争に反対するイラク帰還兵の会が2004年の結成以来発言してきたことを広範囲にわたって細部まで明らかにしている。米国は7年間にわたって血にまみれた占領の中心となり、その占領では戦争犯罪が日常茶飯の違法行為となり、市民の犠牲者が著しく過小報告され、民間軍事会社の傭兵が暴れ狂ったのである。
イラク戦争の記録についてのIVAWの声明―説明責任を求める
最近のウィキリークスの公開資料―イラク戦争の記録―は、イラク戦争に固有な、市民の死亡率の高さや拷問を含む広範囲に及ぶ残虐行為に対して重要な光を当てた。イラクとアフガニスタンの戦争の帰還兵士として、我々は米国政府がこの情報を米国民から隠蔽しようとしたどころか、都合の悪い部分を削除した欺瞞的な戦争の説明をしたことに憤激しているのであり、我々はこの情報とそれ以上の情報が出てくることが不可欠であると考える。IVAWのメンバーは現場で戦争の現実を直接経験し、IVAW結成以来、イラクとアフガニスタンにおける同じような残虐行為について語ってきた。我々は米国民に、我々に合流して米国政府が占領をやめ、我々の兄弟姉妹を帰国させろと要求してもらいたいと要請している。
米国政府は何年にもわたって市民の死者数を数え続けることはしないと主張してきたが、最近の公開資料は実際には米国政府が数え続けていることを明らかにしている。2004年と2009年の間に、この新たに暴露された記録によると、少なくとも10万9032人のイラク人が死に、そのうち6万6081人が民間人であった。ガーディアン紙はイラク戦争の記録は米国の軍と政府が、イラクの兵士と警察官による虐待と拷問とレイプと殺人の何百もの報告を事実上承認していたことを明らかにしていると報告している。これらの最近の暴露事実は、「アフガン戦争日記」[訳注1]や「付随的殺人のビデオ」[訳注2]と共に、交戦規則が過大な暴力を見込み、米軍の駐留が不安定化を引き起こし残忍な仕打ちをする軍隊として活動している日常生活の構造に組み込まれているのだという戦争の構図を作り上げてみせている。「イラク戦争の記録」は、きわめて重要であるが、同時制作された報告であり、米軍への非難を最小限にするためにそれ自体が歪曲されているかもしれない。それでもなお、イラク戦争の記録はイラク戦争の事実を検討する際の証拠の重要部分を占めるのであり、�証拠はより多くの文書や情報の公開および関係者個人による補強証拠によってのみ改善することができるものである。そのために、IVAWの会員はウィキリークスの「アフガニスタン戦争日記」と「イラク戦争の記録」の両方を、我々が参加した出来事を確認し実際に起こったことにより多くの光を当てるために精査している。
訳注1:「アフガン戦争日記」は2010年7月にウィキリークスが7万6900のアフガン戦争に関する未公開資料を公開
訳注2:「付随的殺人のビデオ」は2010年4月にウィキリークス「付随的殺人」のウェッブサイトに米軍がイラク市民を殺害するビデオの場面を投稿
IVAWは結成以来こうした残虐行為や虐待について声をあげてきた。IVAWは2001年9月11日以来軍務に就いた2000人以上の帰還兵士と現役兵士で構成されている。我々はイラクとアフガニスタンからの全占領軍の即時撤退と、これらの国の国民への賠償と、精神面の治療を含む帰還兵士に対する完全な年金を要求する。2008年のメリーランドにおける冬の兵士公聴会で、50人以上の帰還兵士と現役兵士のIVAW会員がこれらの国で実行しろと言われた命令について公然と証言し、過大な暴力やトラウマや虐待についての話を分かち合った。
ウィキリークスの「付随殺人」のビデオで撮影された部隊の中にいたジョシュ・スティーバーとイーサン・マッコードの2人のIVAW会員は、事件が撮影された経緯は「少数の悪質な兵士」の孤立した事件ではなく、むしろ、これらの戦争の性質の一部であると語っている。「米国について志の高いあらゆるものを代表しているとかつて友人や私が考えていた戦争にはほとんど責任性なんてありませんでした。」とイラク戦争の記録の発表を見越してスティーバーは書いた。公開書簡の中で、スティーバーは政策決定者に「これらの戦争と戦争についての完全な真実について責任を取れ」と要求している。
帰還兵として、我々はイラク戦争の記録に収録されている暴力は占領下に生きる人々のトラウマになっていることを知っている。イラクとアフガニスタンの戦争はまた、こうした命令を実行するという任務を負わされた兵士の中で、軍事活動によるトラウマや自殺の割合が信じがたいまでに増加したことが特徴になってもいる。昨年、239人の兵士が自殺し、1713人の兵士が自殺未遂で一命を取り留めた。74人の薬物過剰服用を含む174人の兵士が危険性の高い活動によって死亡した。ランド・コーポレーション[非営利の調査研究所]によると、帰還した兵士の3分の1は精神上の健康問題を報告しており、帰還した現役兵士全員の内の18.5%が外傷性ストレス障害[PTSD]か鬱病と闘っている。10月7日に開始したIVAWの「健康回復作戦」は、外傷性ストレス障害や軍隊内性的トラウマや外傷性脳損傷や他の精神的肉体的負傷を負っている兵士の再配備をするという残酷で非人間的な活動―すなわちイラクとアフガニスタンの占領の継続の基礎となる活動である―を終わらせることを追求している。
ウィキリークスの創設者のジュリアン・アッサンジの性格を攻撃する批判者たちは、本当の問題から目をはずしイラク戦争の記録の内容から大衆の関心をそらすために、偏見に訴えた論議を利用しようとしている。我々は包み隠さずこれらの文書の内容を討議することを通じて進めていくし、この討議は脇にやってはならないと考える。さらに、過去のウィキリークスの暴露に関して、米国政府当局と米軍当局は、これらの文書を国民に暴露したことで訴追されているブラッドレー・マニング陸軍特技官を早速中傷した。しかし、米国民の名で闘われ、米国民の税金で資金が出されている戦争についての正確な情報を得ることは米国民の権利であると我々は主張するし、国民がこの情報を共有することを支持する。戦争犯罪を暴露することは犯罪ではない。
政府がウソをついていたことは弁解の余地がない。当局は「国家の安全」を名目にこの情報を秘密にし続けてきたが、当局が本当に恐れているのは国民世論であり、大手メディアにこれらの戦争の真実が出てくれば国民世論が自分たちに反対することを知っているのだ。イラク人の死者の正確な数字や、拷問の事実の認識や、民間傭兵の役割の全面的な暴露は民主主義国家の中では公開するべき事実である。真の国家の安全とは政府の透明性と責任と出版の自由と不当な戦争と占領に対する財政支出を終わらせるということが基準となる国で作り出されるのである。沈黙と秘密が続くことはイラクとアフガニスタンの人々の安全に大変な脅威となるのであり、我々は公開性と責任性とこうした暴露に関する真の論議を要求する。
我々はこれらの戦争で失われ破壊されたイラクとアフガンの人々の命のことを深く悲しむ。我々はまた、戦闘か自殺によって失われた我々の兄弟姉妹を腕にいだいて嘆き悲しむ。イラク戦争の記録はこれらの戦争の過酷な事実、すなわち我々―帰還兵士―が毎日生きている現実の一部を米国に持ち帰ったのである。我々は、イラクに今もいる5万人の「非戦闘要員」兵士の即時撤退を含めて、両方の戦争を本当に終わらせることを要求する。「イラク戦争の記録」はこれらの戦争によって傷つけられた全ての人たちに対して平和と癒しと補償が緊急に必要であると言うことを強調している。その最初の一歩は我々の兄弟姉妹の兵士たちを帰国させることである。
連帯して
戦争に反対するイラク帰還兵の会
イギリスのイラク戦争検証委員会(チルコット委員会)がブレア元首相を再喚問
[日本語訳:イラク市民レジスタンス連帯委員会]
トニー・ブレアが「矛盾した証言」、すなわち明らかに彼以外はみんながウソであると知っているものについて、イラク戦争検証委員会に証言をするために再び喚問された。
デーリーメール紙 2010年10月26日
トニー・ブレアは今年初めに行った証言の「食い違い」についての新たな疑問に答えるためにイラク戦争検証チルコット委員会によって再召喚されることになる。
ブレア前首相は2003年の米国主導の侵攻に対してどのような政治的後押しを行ったかを明らかにするように求められるようだ。
彼はまた、議論の的になった戦争にイギリスが参戦したことにどれほどの合法性があったのかに関してさらに説明を求められている。ジョン・チルコット卿は来月ブレア氏に対して、2011年はじめの公聴会に出席を求める手紙を書く。
今年初めの6時間の証言で、ブレア氏はイラク侵攻を精力的に擁護する論陣を張り、サダム・フセインを除去したことに何の後悔もないと主張した。彼は独裁者が持っていると思われていた大量破壊兵器に関する「ウソ」を根拠にしてイギリスを参戦させたことは否定した。
彼の証言時間の最後に、聴衆の一人が「何だって、後悔していないって?冗談じゃない、他の人々は「お前は嘘つきだ」「そして人殺しだ」と野次り倒しているんだぞ」と叫んだ。
ジョン卿は、「私のチームはイラク侵攻に関する何千もの政府の機密文書を徹底して熟読しているので、もしも証言の中に矛盾か食い違いが見つかったなら、証人を再召喚する」と事前に説明している。
ライアム・フォックス現国防長官はジョン卿に対して、イギリス兵士がイラクとアフガニスタンの戦争にいる期間の国防費を自分が削減したのだという侮辱的な証言を押しつけられたので、今年初めにゴードン・ブラウンを検証委員会に再召喚するように要請した。
当時のブラウン首相は下院議員たちに労働党政権下の国防予算は「実際に毎年上昇していた」と検証委員会に言ったことは間違いであったと言ったのである。
1月に、強情なブレア氏はイラク侵攻について「後悔していない」と証言した時にイギリスの戦死者の家族から野次られ罵倒された。しかし彼は同じ事をまたするだろうと明言し、世界の指導者たちにイランに対してもうすぐ同様の決定を行わなければならないかもしれないと警告した。
70万人ものイラク人と179人のイギリス兵士が死んだにもかかわらず、ブレア氏は6時間の証言の最後に「責任は感じるが後悔はしていない」と言った。一片の良心のとがめもなかったのである。
サダムは「怪物」であり、大量破壊兵器を所有する「可能性」を防ぐためであったとしてさえも、彼を排除することは正しかったのだ、とブレア氏は言った。
彼はイランの核兵器計画は今やはるかにに大きな脅威になっていると警告した。
http://stopwar.org.uk/content/view/2126/1/
[日本語訳:イラク市民レジスタンス連帯委員会]
アフガニスタン帰還兵がAVAW[反戦アフガニスタン帰還兵]委員会を結成
IVAW(反戦イラク帰還兵の会) 2010年10月
ブロック・マッキントッシュ(アフガニスタン帰還兵)、カサンドラ・カントゥー(アフガニスタン帰還兵)、ジャコブ・ジョージ(アフガニスタン帰還兵)、ネーサン・トス(OEF[不朽の自由作戦]帰還兵)、タイラー・ザベル(アフガン戦争抵抗者)、アレハンドロ・ビラトロ(イラク帰還兵で2010年にアフガニスタンに配属された)が一緒に参加して、アフガニスタン帰還兵士による継続中のアフガニスタン占領を終わらせる闘いを、米国兵士と帰還兵の運動やより大きい反戦運動や一般大衆に確実に認めてもらえるように、AVAW委員会の結成をIVAW執行委員会に提案した。執行委員会は10月第1週にAVAW委員会の結成を承認した。
AVAWと行動しよう
AVAWのメンバーは全米及び自らの地域で行動している。
AVAW委員会の創設者の1人であるブロック・マッキントッシュは回復作戦キャンペーンの発表の場に出席し、アフガニスタン占領の失敗した戦略と米国兵士と帰還兵の治療の権利を悪用したこととの関係について証言を行った。「デモクラシーナウ」でブロックを見よう!
ブロックを支援する誓いと精神的衝撃を受けている兵士の配備を今日止めよう!の運動を支持する誓いに署名しよう!
アレックス・ビラトロは10月1日にアフガニスタンに空輸されて第656輸送部隊に配属された。彼は過去数ヶ月間にわたって自分の部隊の装備と訓練の改善を助けるために司令官に対して闘ってきた。声を上げることによって彼は自分の部隊のための改善を勝ち取った。この「共通の夢」の記事で彼の部隊についてもっと読むことができる。アレックスが安全でありますように!
アーカンサス州フェイトビル出身のジャコブ・ジョージはアフガニスタンとイラクの占領が終わるまでオートバイに乗り続ける活動である「終わりまでのオートバイ乗りプロジェクト」の先頭に立っている。このプロジェクトを通じて彼は南部の多数の小さな町を訪れ、戦争を止めることに関心を持つ個人、団体組織と協力をしている。
ウィスコンシン州マディソン出身のネーサン・トスはIVAWマディソン支部や地域の仲間の団体と共に活動して、平和を求めるウィスコンシンと言う名の退役軍人への代案と供給を作る活動に力を貸してきた。このプロジェクトは以下を参照してほしい。www.wi4vets.org
http://www.ivaw.org/blog/avaw
[日本語訳:イラク市民レジスタンス連帯委員会]
アメリカ反戦運動の兄弟姉妹への連帯メッセージ
サミール・アディル議長/イラク自由会議中央評議会 2010年10月4日
我々はアメリカ合衆国の反戦運動の多数の活動家と組合活動家の自宅に対して最近FBIの部隊が攻撃を行ったことを知らされた。この行動は、イラクとアフガニスタンに対する2つの残忍な戦争を開始し、中東における暴力とテロの循環を爆発させたネオコンを打倒するために活動している急速に拡大している運動を押さえ込もうとする試みである。これらの先制攻撃戦争は世界をテロリストの思うがままにして、米国自身の安全を減らしてしまったものである。
我々の運動の指導者や活動家は米国政府の政策決定者や政治家にとってはやっかいな問題になっている。我々の指導者たちに対するFBIの最近の攻撃は解き放たれた民主主義を終わらせることによって米国内の国内状況を再構築しようという卑劣な企てである。
米国の世界の中での戦略的な立場は脅かされている。経済危機は一握りの投機資本家とそのホワイトハウスの政治的代弁者によって築かれた基礎のあらゆるレンガを揺さぶった。投機資本の政府が崩壊するのをおそれて、オバマ政権は、ほんの少し例をあげても、イラクからの部分撤退や、中東の平和プロセスにおける役割や、イランに対する経済制裁や戦争をめぐる論議について、国民をを一貫して欺いてきたのである。
反戦運動に卑劣な攻撃をかけ脅迫するということは勢力を取り戻すための戦略の一部であり、中間選挙を間近にする中で重要なことなのである。
イラク自由会議は米国を含む全世界の反戦運動の一部であり、FBIが先導する我々の運動の活動家に対するこの作戦を強く非難し、こうした行為はホワイトハウスが世界に自慢している概念そのものである民主主義と人権を完全に侵害しているものであると見なしている。
イラク自由会議は米国反戦運動の指導者や活動家に揺るぎない連帯と支持を表明し、米国司法省が全ての告訴を取り下げ、投獄された全ての活動家を即時釈放し、彼らに対するテロ行為をやめることを要求する。
平和と自由を求めてきた活動家を逮捕し脅迫することは彼らの決意を止めたり弱めたりすることはない。それはちょうど米国の戦争機構がイラクの我々を脅迫することができなかったことと同様である。
同時にIFCは自由と平和を求める全ての人たちに民主主義の概念を世界に輸出していると主張している国の中で言語道断の人権侵害が行われていることに断固反対して立ち上がることを訴える。
平和万歳
反戦運動万歳
米国の反戦運動の活動家と指導者万歳
http://www.ifcongress.com/English/News/2010/1010/fbi-raid-US.htm
USLAWとIVAWが米国国務省幹部にイラクの労働者の権利を求める請願書
[日本語訳:イラク市民レジスタンス連帯委員会]
アメリカ反戦労働者の会 2009年12月21日
アメリカ反戦労働者の会(USLAW)と反戦イラク帰還兵士の会(IVAW)の代表とイラク石油労働組合連合議長で構成する代表団が、2009年12月8日の火曜日に米国国務省の幹部と前例のない会合を行い、米国政府がイラク労働者の権利を支持すると強力に意見を述べるように要求する全米の何千もの労働運動、反戦運動その他の社会正義を求める活動家が署名した請願書を手渡した。
代表団の参加者は次の通りである:
ボブ・ミューレンカンプ USLAW共同呼びかけ人
デニス・ロンバード USLAW国際連帯調整担当
ジョフ・ミラード IVAW[イラク反戦帰還兵士の会]
ハッサン・ジュマー・アワド イラク石油労組連合議長
国務省の代表は次の通りである:
デラ・キャベー 、民主主義・人権・労働局、国際労働機関[ILO]部長
M.カレン・ウォーカー 、近東・中南部アジア局、対外部長
アニュー・プラッティパティ 経済問題局、多国間貿易部、経済課長、
マイク・ベントン 肩書き不明
ジョン・S.ベラ 中東局、対イラク経済援助部、部長
国務省の各幹部は以下の物が入った包みを渡された:
*リチャード・トラムカAFL−CIO[アメリカ労働総同盟—産別会議]議長、ジョン・スウィーニーAFL−CIO前議長、国際労働組合連合、連邦議会下院議員たちからの労働者の権利に関するマリキ・イラク首相に対する書簡
*2009年3月にイラクのアルビルで開催された第1回国際労働者大会へのUSLAWの書簡、構成人数付きのUSLAWの全ての加盟団体のリスト(この後加盟した米国通信労働者組合が付け加えられた)
*2003年のUSLAWイラク現地調査団の所見のコピー
*USLAW主催の2005年イラク労働組合指導者アメリカ連帯ツアーの報告
ロンバードは、USLAWがイラクの労働運動と密接に活動する関係を築き、その関係がいかに発展したか、アメリカの組合活動家がイラクに行きイラクの組合指導者がアメリカを訪ねるという多種多様なツアーについて述べた。彼女は「多くの形態で7年近くも尽力してきたにもかかわらず、アメリカ政府はイラクの労働者の権利を支持する何の動きもしていない」と言った。
ミューレンカンプはUSLAWについて説明し、USLAWが今や200近い労働団体を代表し、その中には米国最大の地域組合のいくつかと、2ダース以上の労働組合評議会と、7つの州の労働組合連合体と、数百万人の組合員を代表する多数の全国労組組織(推定によれば、全組織労働者の3分の1)が入っていることを強調した。
彼は、「アメリカ政府はイラク政府に対して相当な影響力を持っているのだから、イラクの労働者の労働基本権を尊重させるようにその影響力を利用するべきだ」と指摘した。彼は「我々はブッシュ政権には大して期待しなかったが、オバマ大統領は米国の労働者の権利の改善に取り組み全世界の人権の尊重を呼びかけてきたと言った」と強調した。そして「我々はオバマ政権がイラクを含めてその水準を上げることを期待している。イラク労働者の労働権を支援するために米国国務省はどんな行動を取るつもりなのか?」と質問した。彼は、「良い労働法を獲得するだけでなく、実際に運用されることが重要なのだ」と付け加えた。
ハッサン・ジュマ議長はイラクの労働運動の関心事を米国政府に直接伝える機会を得られたことに感謝を表明した。彼は「イラクの全労働者の75%が公有企業の公的な部門か仕事に従事していて、独裁者が制定したのにいまだに実行されている労働法によって権利を剥奪されている」と強調した。彼はまた、「イラクの現憲法は労働者の権利を尊重し、労働基本法を公布しなければればならないと要求している」と語った。イラクは労働組合の代表権と団体交渉権に関する1998年国際労働機構[ILO]条約加盟国でもある。それにも関わらす現政府はその義務を無視し続けている。
ハッサン・ジュマは、「イラク占領当局を設立するためにブッシュ大統領によって任命されたポール・ブレマーはサダム・フセインの抑圧法の大部分を破棄したのに、サダム・フセインが1982年に制定して全ての国家公務員と公企業(すなわち石油産業)の従業員の労働組合結成と団体交渉を禁止した反労働組合法を押しつけた。その法律は今日に至るまで効力を持っている。イラクにおける民主主義を支援するとしょっちゅう宣言しているにもかかわらず、米国政府はイラク労働者に対して国際的に認められた労働基本権を否定する共犯者となってきた。」と指摘した。
ロンバードは、「だからこういう状態を正していくというはるかに大きな責任が米国政府にかかっている」と言った。
ジュマは米国務省に対して、ジュネーブの国際労働機構にいる米国務省の代表を通じてイラクの労働者の権利が否定されているという問題を主張するように要請した。
彼は「米国が労働者の権利について行動しないのは米国がイラクで民営化を推進するという政治命題なのである」「イラク国民は、米国がイラク政府に労働法を制定するように圧力をかけることは全く可能であり、それを願うことは全く当然であると確信している。米国大使は、米国の利益となる決定に対して影響力を行使するためにイラク国民議会の議場の中を自由に歩いている、と強調した。大使は労働法について労働者のために同じことを必ずできる」と言った。
ジュマは、イラクの労働組合指導者に対する脅迫や弾圧について話し、次のようにいくつかの例を示した。「たとえば、国有石油会社の経営者は10人の組合活動家と彼らの家族を何百マイルも遠く離れた設備に配転したが、そこははるかに危険な場所で、組合員から彼らを孤立させようとしたのである。労働組合が共同の抗議行動を組織してようやくイラク政府は態度を軟化させ、10ヶ月後に彼らを元の職場に戻した。他の組合指導者たちは、待遇改善要求を支持する労働者の合法的デモの先頭に立ったら報復を受けた。労働経済省は政府機関や公企業の経営者に労働組合の相手をするなという指示を出した。職に関する労働者の権利が侵害されてもおとがめなしであるだけでなく、民営化などの問題の政治論議に労働組合が参加しようとしても、妨害を受けている。労働組合の銀行口座は凍結されてきて、組合費の徴収でさえ妨害されている。」
ジョフ・ミラードは9年間ついた軍務と、イラクでの軍務と、軍務の関係で負った多種多様な負傷のことを語った。彼は、「兵士は民主主義のために闘うのであり、人々の基本的な民主的権利を否定するためではないと教えられている」と言った。彼は米軍がストライキ破りのためにどのように利用されたのかを報告した。(このことはハッサン・ジュマが立証した。石油労働者がKBR社に反対してストライキを闘った時に、スト破りのために米軍が動員されたからである。)
[訳注:KBR(ケロッグ・ブラウン・アンドルート社)は米国の油田サービス会社でありイラク占領で巨額の利権を獲得したハリバートン社の傘下。ハリバートン社はブッシュ政権時代のチェーニー副大統領がCEOをつとめたことがある。]
ミラードは「イラク人と話し合って、中産階級が戦争と占領によってどのように崩壊したかや、何百万人もの難民がイラクを離れざるを得なくなったことや、失業や、侵略と占領の他の影響について知った」と言った。彼は「労働組合の団結権は安定した経済と国家を築く根本的な礎石である」と主張した。
彼は「SEIUは当初からオバマを支持したのであり、オバマを当選させるために組織労働者が多大な貢献をした」と付け加えた。
[SEIU(国際サービス労働組合):組合員数220万人。医療労働者、清掃労働者などを組織]
国務省の対応は以下の通りである:
国務省幹部たちは「イラク国民がどんな労働法を適用してもらいたいのかを知りたい」と言った。ハッサン・ジュマが「ILOとアラブILOと労働産業省という異なる側から提案された3つの草案がある」と教えた。
彼らは「全く見たことがないのでコピーをほしい」と要請したので、ハッサンが「提供する」と言った。
代表団は彼らに「我々は特定の草案を支持しているというのではなくて労働者の権利(公的部門と民間部門の両方の労働者のための労組の団結権、団体交渉権)を尊重する国際的に認められた(ILOの)基準を満たす法律が施行されるのを見たい。もしも米国が石油法(実際に米国が第1次草稿を書いた)について圧力を行使することができれば、労働者と人権を代表して圧力をかけられるのは確実であろう。」と知らせた。
ミラードはイラクにおける移民労働者(フィリピン人、タイ人、その他の輸入労働力)の待遇について、特に米国の契約企業からどんな扱いを受けているかについて発言した。米国国務省の幹部は「問題があるのは知っているしそれについて働いている」と言った。ハッサン・ジュマは「問題は特別にイラクのことではなく、他にたくさんの国が外国人労働者を虐待している」と付け加えた。彼は「それは基本的人権の問題だ」と言った。
ミューレンカンプは「外国企業がイラクに投資をして操業を開始しているから労働法について行動することは急を要する。」「仕事は民営化されている。労働基本法がなければ労働者は何の保護も受けられないだろう。」と話した。
ロンバードは、「イラクの労働組合の声がもっと弱められるかも知れない。というのも、イラクの労働組合の組織建設力を支えトレーニングを提供している唯一の国際NGOであるAFL−CIO連帯センターが、イラク人が訓練を受けたアンマンの事務所を閉鎖してイラクの労働組合に対する事業を削減するように要求している全米民主主義基金の寄付を100万ドル削減されたからである。」と強調した。
彼女は続けて「抽象的な机上の問題など存在しない。この分野で起こることはイラク全土の何百万人もの労働家族に影響する」と説明した。彼女は「米国政府が利用できる全ての影響力を使って、ILOの中核となっている基準を満たす労働法をイラク政府に施行させるべきだ」という要求を繰り返した。彼女は請願書の要求を読み上げ2385の署名を添えて政府に請願を提出した。政府側はそのやりとりの写真撮影の要請を拒否した。
民主主義、人権、労働局のデラ・キャベーILO担当部長が自分たちは「皆さんの側にいる」と代表団に約束しようとしたが、「国務省の官僚組織は動きがのろいです。」と強調し、「どうか忍耐をお願いします。」と訴えたあと、この会合は終了した。
どんなに緩慢な政府の官僚組織であっても6年以上のイラク占領の期間にこのような基本的人権について動きを作ることはできると考えられる。代表団は、「行動を監視するし、進展報告を期待する」と言った。
この会合が開かれたという事実は全て、米国政府が米国内の労働運動とイラクの労働者による組織的な抵抗から受け取った組織的な圧力のおかげである。我々の現在の課題は、イラクの労働者の要求に応える現場の実際の変化を見るまで圧力を上げ取り組み続けることである。
我々はまた、イラクの労働者の基本的権利を求める闘いは、利潤の一滴まで可能な限りことごとく奪い取るために労働者を搾取しようとする多国籍企業の組織力に対抗する、全世界の勤労民衆によるとぎれのない闘いの一部であることを知っている。イラク労働者の勝利は同じ基本的権利を要求する米国労働者の闘いの勝利でもある。—それはすなわち、労働組合の団結権、団体交渉権、そして必要となれば自らの利益を守り労働条件や家族と地域住民の生活水準を改善するためのストライキ権である。
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